売り手と基本合意を結んだ。あとは銀行から株式取得資金を借りるだけ。そう考えていたのに、気づけば数か月がたっていた。株式取得資金の相談では、こうした場面が少なくありません。
社長は「銀行の審査が遅い」と感じがちです。しかし審査する側から見ると、時間がかかる本当の理由は、多くの場合、銀行の外にあります。
この記事では、融資の実行まで6か月かかった実際の案件をもとに、株式取得資金で時間がかかる3つの理由と、その備え方をお伝えします。
結論:時間がかかるのは、審査よりも「材料をそろえる」段階
M&Aの株式取得資金は、銀行や日本政策金融公庫から借りることができます。ただし、設備資金や運転資金のような「決まった型」はありません。多くの金融機関は、通常の融資と同じ物差しに、買収後の会社の見通しを加えて審査します。
そのため、審査に必要な材料が通常の融資より多くなります。そして銀行は、材料がそろわないかぎり、審査を最後まで進められません。時間がかかるかどうかは、この材料をそろえる段階で決まります。
銀行が見ているのは「買収後、どの利益で返すか」
株式取得資金の審査で、担当者が最初に考えるのは返済原資です。返済原資とは、借りたお金を返すための利益のことです。株式を買っただけでは、その会社の利益は自動的に買い手に入りません。
- 買い手の既存事業の利益で返す
- 買収した会社から配当を受けて返す
- 買収した会社と合併して、合算した利益で返す
どの方法で返すのかを、社長自身の言葉で説明できるか。ここがあいまいなままだと、担当者は稟議書を書き始められません。
債務償還年数=(有利子負債−現預金)÷(営業利益+減価償却費)
借入金を何年で返せるかを示す指標です。株式取得資金では、買収後に両社を合算した数字で見ます。目安は10年以内。これを超えると、稟議書に「なぜ返せるのか」の説明を厚く書く必要が出てきます。
融資実行まで6か月かかった3つの理由
私が支援した案件のなかに、15億円の株式取得資金を、金融機関による融資で調達したものがあります。融資の実行までにかかった期間は、約6か月でした。
ただ、その時間の多くを占めたのは、銀行の審査ではありませんでした。主な要因は、買い手側で進める次の3つの作業です。
理由①:デューデリジェンス(DD)
DDとは、買収する会社の財務や法務のリスクを調べる手続きです。金融機関は、このDDの結果を見てから最終判断をします。簿外債務(決算書に載っていない借金や保証)などが見つかれば、価格や計画の見直しが必要になります。
DDが終わらなければ、審査も最後まで進みません。DDの日程は、そのまま融資のスケジュールになります。
理由②:株式譲渡契約の交渉
株式の価格、支払いの時期、売り手が保証する内容、従業員の処遇。売り手との交渉で詰めるべき項目は多く、ここで日数がかかることは珍しくありません。
そして、契約の条件が固まらなければ、借りる金額も固まりません。銀行から見ると、金額が決まらない申込は、稟議書の書きようがない状態です。
理由③:買収後の事業計画書
買収前の業績を足し合わせただけの計画では、審査は進みません。担当者が知りたいのは、買収後に売上や利益がどう変わるかです。取引先は離れないか。キーマンは残るか。統合のコストはいくらか。
DDや契約交渉の結果を反映しながら作るため、計画書は何度も書き直しになります。楽観的な数字だけを並べると、かえって時間がかかります。慎重に見積もった場合でも返せることを示すのが近道です。
金額が大きい案件では、本部の審査部門への稟議や、協調融資やシンジケートローンに加わる金融機関どうしの調整も必要になります。銀行側の手続きにも一定の時間はかかります。ただ、材料がそろっていれば、審査は着実に進みます。
明日からできる3つの対処法
①基本合意の段階で、銀行に一報を入れる
契約がすべて固まってから相談するのでは遅すぎます。基本合意の段階で、メイン行に概要を伝えておきましょう。担当者は、どんな資料が必要になるかを早めに教えてくれます。
②必要資金を、株式の価格だけで考えない
株式取得資金の相談で多いのが、「買収価格=借りる額」という思い込みです。実際には、次のような費用も必要になります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 株式取得代金 | 売り手に支払う株式の対価 |
| 仲介・アドバイザー手数料 | M&A仲介会社や専門家への報酬 |
| DD費用 | 財務・法務の調査費用 |
| 登記・契約関係費用 | 手続きにかかる費用 |
| 買収後の運転資金 | 統合直後の資金繰りのゆとり |
ここを一つずつ分けて資金使途に書くと、担当者は審査がしやすくなります。
③DD・契約交渉・計画書づくりを、同時に進める
3つの作業を順番に進めると、それだけで数か月かかります。DDの途中経過を計画書に反映し、契約交渉の論点も並行して詰めていく。専門家と役割を分けて同時に動かすことが、期間を縮める一番の方法です。そのうえで、譲渡日にはゆとりを持たせてください。
日本政策金融公庫の制度も選択肢になる
日本政策金融公庫には「事業承継・集約・活性化支援資金」という制度があります。株式の譲渡などで事業を引き継ぐ方が対象で、株式取得資金にも使えます。
融資限度額:中小企業事業 14億4,000万円/国民生活事業 7,200万円(うち運転資金4,800万円)
返済期間:設備資金20年以内、運転資金10年以内
最新の条件は、日本政策金融公庫のホームページでご確認ください。
民間の銀行と組み合わせて使うこともできます。どこにいくら相談するかを、最初に設計しておくことが大切です。
まとめ
- 株式取得資金は借りられるが、実行までの期間は長くなりやすい
- 時間がかかる主な原因は銀行の審査ではなく、DD・契約交渉・事業計画書という買い手側の準備
- 3つの作業を同時に進め、基本合意の段階から銀行と話しておくことが近道
M&Aの株式取得資金は、準備の進め方で、融資実行までの期間が大きく変わります。買収の検討段階からご相談いただければ、金融機関が判断しやすい形に一緒に整理できます。