国の金融機関である日本政策金融公庫にとって、「創業融資を伸ばす」という目標があります。日本政策金融公庫は、民間金融機関を補完することを目的として設立されています。つまり、民間金融機関から融資を受けにくい層への融資を積極的に行うことを理念としている機関です。
政府系金融機関ということは、国民や中小企業から「必要な金融機関だ」と認められる必要があり、それがなくなれば存在意義を失いかねません。とくに創業融資は、民間金融機関が取り組みにくい分野ですから、積極的に実施することで国民に対して日本政策金融公庫の存在意義をアピールすることができます。
しかし一方では、不良債権が増えると赤字が大きくなるので、きちんと返済してくれる起業家のみに融資をするという姿勢も強いのです。つまり、日本政策金融公庫は、「融資を伸ばす」のと「不良債権は低く抑える」という、二律背反ともいえる目標を達成する必要があります。不良債権が全くゼロだと、「リスクをとっていない」「オーバーキル」(断りすぎ)と批判されかねません。不良債権の発生率は適正レベル以内の水準に保ちながら、融資を増やすというのが求められています。
実際にここ数年来、日本政策金融公庫の創業融資は伸びていますが、不良債権は低く抑えられています。
それでは、創業融資の審査はどのような基準で行われているのでしょうか?
私が起業セミナーで講師を務めたときに、参加者から「たくさんのチェックリストがあるのですか」と質問されたことがあります。その方は、30項目くらいの審査のチェック項目があって、そのうち8割~9割にチェックマークがつけば融資OKとなるイメージを持っていたようです。
実は、創業融資の審査には明確な基準はないというのが実態です。
なんとなく総合的に判断して「この起業家はうまくやっていけそうだから融資OKにしよう」、「この人は返済が遅れそうだから融資はお断りしよう」と、決まっているのです。
長年続いている中小企業であれば、決算書などの財務データをコンピュータで分析することができます。コンピュータが高度な統計学を駆使して、企業が倒産するリスクの度合いを数字で算出してくれます。また、財務データを細かく分析することで、融資判断の基準とすることができます。
ところが、起業する前の人は何も実績がないので、分析対象となる数字がないのです。もちろん、起業家の職歴や自己資金の金額など、目安となる材料はあるものの、コンピュータで分析して結論を出すというわけにはいきません。
かつて日本政策金融公庫でも、創業融資の審査基準をつくろうとしましたが、起業後に事業がうまくいくかどうかと相関関係にあるデータが少ないので、明確な基準をつくることは困難だったのです。
つまり、現状では審査に携わる人たちの経験や勘に基づいた「総合的な判断」によって決まっているのです。
「経験や勘」というと、いい加減に決めているように思うかもしれませんが、日本政策金融公庫は60年以上に渡って創業融資の審査ノウハウを蓄積しています。それは明文化されたものよりも、暗黙知として語り継がれているものが多いのです。町工場の熟練した職人が、手作業で機械よりも精密な製品を作りあげるのと同様に、精度の高い審査をしているといえます。
本サイトでは、日本政策金融公庫の「経験と勘」の中身に切り込んで、創業融資を受けやすくするコツをお伝えしていきます。